ap bank fes'07 フードエリアレポート<後編>
つま恋南ゲートオープン16日、朝8時につま恋入り。スタッフの徹夜の作業によって、フードエリアにはap bank fesの見慣れた風景となった白いとんがりテントが可愛らしく立ち並んでいた。しかし、まだ完全とはいえず、スタッフは10時のオープンまでにできることに懸命に取りかかっている。ようやく飲食店のテントにもそれぞれの看板が掲げられ、出店者たちも仕込みの準備に追われている。晴れているとはいえ、まだ下はぬかるみのままだ。8時半。つま恋南ゲートの開園を待ち、観客たちの長蛇の列ができていた。その列の一番最初に並んでいた福岡から来たという女性2人は、昨晩の10時から並んでいた。 本当は13日から参加する予定だったので、13日には掛川に来ていたんです。開催を信じて、ホテルに泊まっていました。今日は晴れて本当に嬉しい」 8時半を少し過ぎて、開園したつま恋に一斉に観客が流れ込んでいく。それをスタッフがフェス会場入口まで誘導していく。 途中、アスファルトの道に、色とりどりのチョークで言葉が多数書いてあることに気づく。 人と緑のつながりの大切さ、教わりました」 私たちの分も楽しんで!」 ライブは観れないけれど、今日来てよかったです!」 昨日、おとといと中止になって参加できなかった人たちが、どうしても会場に来たくて、昨日のうちに訪れて書いたのだろうか。今日の開催を祝福する優しいメッセージが並んでいた。 9時、フードエリアに小林が挨拶に訪れる。準備を続ける出店者のたちに向かい、主催者の挨拶が行われた。 みなさんに残ってもらわなかったら、このフェスは中止になるところでした。本当にありがとうございます」 小林が深々と頭を下げると、出店者たちから拍手が起きる。 初日の中止が告げられたとき、実は出店者たちには、ap bank側からこう伝えられていた。 今の段階では、一日でも開催できるかということの判断ができません。それでも残っていただけるのであれば……」 前日のeco-reso+ (plus)とフェス3日間。出店者たちは、今回のフェスのために4日分の食料を用意していた。オーガニックで大切に育てられた野菜、果物、健康な豚肉、牛肉、それらを使った料理、丁寧に焼かれたパンもお菓子も、すべてに生産者やお店のメッセージが込められているものばかりだ。もしかするとそれらすべてを無駄にする可能性もある。開催されるかわからない中、その判断は、それぞれに任された。 しかし、ほとんどの出店者がつま恋に留まった。だからフェスができる。その感謝の挨拶だった。 ap bank dialogueが伝えるもの10時、ライブエリアが開場。並んでいた観客たちは、自分たちのブロックでの場所取りをはじめる。同時にフードエリアも開場し、10時半からはじまる予定となっているap bank dialogueを見るために、kotiの大きなテントに用意された椅子には次々と人が埋まっていく。 1日のみとなったこのフェスでは、様々な変更がなされたが、このap bank dialogueも、その日、ふたつ予定されていたものを一本に絞っての開催となった。 その一本、ダイアログのテーマは「地球温暖化は止められるのか?」だった。 GAKU-MCをMCとして、ゲストに招かれたのは、環境ジャーナリストで『不都合な真実』の翻訳などでも知られる翻訳家の枝廣淳子さん、国立環境研究所の江守正多さん、そしてap bank代表、小林武史。 奇しくも、フェスと重なるように日本列島を縦断した台風は、ニュースでも何度も伝えられたように、7月の台風にしては珍しい大型の台風だった。なぜこれほど大型の台風に発達したのかについては、ニュースでもこう伝えられていた。海面の温度の上昇によって、台風がより勢力を得た、というふうに。もちろんこれを直接的に地球温暖化の原因と考えることはできないが、それが原因のひとつになっていることは確かで、この先、温暖化が進めば、このような大きな自然災害が起きる確立は高くなる。江守氏もステージでそう話した。 地球温暖化の問題はずっと言われてきたことではあるが、ここ数年の異常気象を目の当たりにし、私たち自身、その深刻さを肌で感じるようになっている。であれば、本当に地球温暖化は止められるのか。これは私たち全員の関心ごとであり、観客はトークショーに真剣に耳を傾けていた。 ここで枝廣さんが言っていた「CO2を減らす方法」を4つ書き留めておこう。 「1.一人一人が心がけて減らす」 これは、個人が生活において省エネをしていくことや、無駄遣いをしないということなど、様々に取り組むことができるもの。 「2.減らしたくなるようなしくみを作る」 社会として、環境に配したものを選ぶ方が得をするしくみを作っていくこと。ある会社では、通勤手当を自転車通勤の人にも与えることで、車や電車通勤よりも自転車通勤が増えたという。そうやって個人よりも大きな影響力のある会社や自治体などがしくみを変えていくことで、CO2は減らすことができるというもの。 「3.技術の力で減らす」 日々進歩する技術の力は、省エネ家電やハイブリッドカーや自然エネルギーの普及など、CO2を減らすための開発がなされている。消費者である私たちはそれを応援し、選んでいくことが大切だということ。 「4.本当の幸せとは何かの問い直し」 エネルギーを大量に使う経済活動をしている私たちは、本当に幸せなのか。人間にとって本当に気持ちよい幸せな社会とはどういうものなのかを、もう一度考えてみること。そうすると、何をすればいいかが自ずと見えてくる。 そして小林は、自分たちが本当に幸せな社会を作るために、持続可能な未来を描いている社会のリーダーを選ぶということも大切だと話した。それを選ぶということも、もちろん私たち自身が意識していくことからはじまる。枝廣さんは続けた。 「その可能性に気づいた人が、もっともっとそれを伝えて広げていくことを願います」と。 地球温暖化という世界的な問題を「私個人には手に負えない」と思うのではなく、実はap bank fesが1年目から伝えてきた「eco-reso/エコ意識の共振・共鳴」こそが、そのすべての取り組みにおいて重要なのだ。ap bank dialogueはそんなふうに改めて感じさせた。 想いで作るワークショップpihaのeco-resoブースでは、いくつかのワークショップが開かれていた。昨年も行われ好評だった自然観察会も定期的に出発していたが、今回、自然観察会のスタッフがメインとなって伝えていたのは、セミの抜け殻を探そうという企画。子供の頃、よく見つけていたセミの抜け殻は、同じ「セミ」とはいえ、その土地の気候によってその生態が違っている。しかしこれらの抜け殻もまた、温暖化の影響で、以前は南の方にしか見られなかったものが少しずつ北上しているという。自然に目を向けることで、より自然と近く接することで、感じることは本当に多くある。そのことを観察会のスタッフはフェスの観客にわかりやすく伝えようとしている。 さらに奥ではキャンプの仮設サイトでやって大好評だったという、掛川市のデイサービスのお年寄りたちによってぼろ布を使った草履作りが行われていた。地元、掛川市では、前回までの2年間のap bank fesを観ていて、ぜひ地元でも参加できたらと考えていたという。お年寄りたちは手を動かすことで、健康にも良く、自分たちの知恵を若い人たちに教えて、交流をはかることで、気持ちも元気になる。 85歳のおばあちゃんが、24歳の若者に教えながら、「いい思い出ができました」と嬉しそうに笑う。その二人の姿が何よりも印象的で、しかももう必要なく捨てられるはずの布の端切れで、たったひとつの自分だけの草履を作り上げるというかけがえのなさが、何よりもの希望になる。 その横では、クリエーターの森本千絵さんが、様々な形に切られたダンボールに、クレヨンでみんなが好きに絵や言葉を描いて、馬のような、恐竜のような形をした骨組みにどんどん貼付けて、「へんな動物」を作ろうというワークショップを行っていた。 大人も子供も思い思いに言葉を描き、色を重ねる。いろんな想いが貼付けられた骨組みは、どんどん輪郭を厚くして、見たこともない「へんな動物」に仕上がっていった。 自分の中にあるイマジネーションを活用して、想いを形にしていくという、その最初の行動がここにある。それが、いつの間にか、思いがけない素晴らしい物を作っていくかもしれないことを、私たちは、いつも心に留めておきたいと思う。 その、まるで夢で描いたような「へんな動物」は、そのことを具体的に教えている。 雑貨と融資先が伝えたかったことまたこのブースでは、雑貨店舗が軒を連ねていた。環境負荷のかからないヘンプを使って作られた可愛らしいアクセサリーや、オーガニックコットンを使った肌触りの良いTシャツや布ナプキン、アジアやアフリカなどの生産者たちと繋がるフェアトレード商品、流しても水に還る洗剤など、環境に配虜した雑貨たちや自然のものから作られたものなどが様々に売られている。雑貨はkoti marketでの販売になるはずだったが、復旧の関係で急遽こちらでの販売となっていた。よって、ひとつひとつ割り振られてテントがあるわけではなく、ひしめくように店舗が並んでいるという状況で、決していい条件ではなかったと思う。しかし、出店者たちはそれらの物を通して伝えるべきことがあるのだ。彼らもまた、そのために開催を信じ、フェスに残ってくれた人たちだ。 さらにそのスペースには、ap bankの融資先のコーナーも設置されることになっていた。しかしその設営までは間に合わず、融資先の活動を紹介したパネルは今回お目見えすることができないままとなった。ap bankの活動の柱である融資活動を伝える場所がなくなってしまったことは、本当にしかたがなかったとはいえ、残念でならない。 ap bankの融資はこの時点で第6期をむかえ、融資件数は50半ばを越えた。パンフレットでは今回第5期と6期、計17の融資先を訪ね、その活動の様子を伝えているが、同時にすべての融資先にフェスのパネル用にアンケートを取ってあった。 そのひとつはこうだった。 「ap bankが融資したプロジェクトのアイデアは、何を見て(感じて)どんな時に思いつきましたか?」 さらに、「ap bank fesの来場者にも出来る、環境への取り組み提言」も訊いてあった。 全国に散らばる融資先の方々の活動は、私たち観客すべての最初の行動の入り口になりうる。食、エネルギー、建築、教育、自然、様々な取り組みがあるが、その地域の風土や特徴を活かし、その土地でできることを実際に行動としてはじめている人たちだからだ。 その融資プロジェクトを考えついたきっかけは、決して難しいことだけではなく、生活でのほんの小さな疑問や思いつきだったりする。それを知り、実際に活動している人たちと会話することができるのも、ap bank fesの醍醐味である。同時に、全国にある融資先がap bank fesの元にひとつに集まり、交流していくことは、それぞれにとっての励ましにもなるだろう。それができなかったことは、ap bankのスタッフにとって、もっとも悔しいことだったのではないだろうか。 その横のブースを覗いてみると、eco-reso Q&Aなるものが出来ていた。これはフェスを機にスタートしたeco-reso webとの関連ブースで、エネルギーのことを中心に、環境についてQ&A形式で伝えていこうというもので、「日本人のエネルギー消費はどれくらい?」「リサイクル法後、ごみは減ったの?」など様々な質問と答えがパネルとなっていた。その同ブースの中にeco-reso Q&Aポストがあり、環境について知りたいことや素朴な疑問を書いて入れると、後にその質問の答えをアップするというもの。 意識や想いを繋げていくことを大切にしているap bank fesが、環境のことを「言葉」で知ってもらおうという試みは、フェス3年目だからこそできることだ。1年目のフェスの頃から比べて深刻になっている環境問題に対して、私たちももっと知っていく必要に迫られているのも確かである。しかし、そこには「知識」だけではなく、やはり「想い」がなければ何も変わらないこともまた、ap bank fesが改めて伝えたいことでもある。Q&AのAが単なる「知識の答え」ではないのは、そのためだ。 お昼が回った頃にポストを覗かせてもらうと、「台風は誰のせい?」、「ペットボトルのリサイクルは実際のところエコなの?」など、数枚の質問が入っていた。 オーガニックフードとごみが見せる「繋がり」pihaを後にし、kotiに戻る。お昼どきになり、飲食出店者にたくさんの列ができている。このフェスの楽しみのひとつは、このフェス飯にあると言ってもいいだろう。本来であれば3日間かけていろんな店を回るところだが、今回は1日のみ。それは観客たちにとっても同じで、どこに並ぶかを決めかねている。グループで来た人たちが違う店のものをそれぞれが買い、食べ比べをしているシーンもいくつか見られた。 飲食店が伝えたいことはすべてその味に託されている。どんなに環境に良い方法で作られた食事だとしても美味しくなければ意味がない。しかし、味にはどの店舗も自信を持っている。素材の味を活かしたカレーや丼ものは、なぜそれが美味しいかの秘密がたくさん隠されている。ap bank fesで買うフェス飯たちは、それを食べることで、その秘密の中身に触れることができるものばかりだ。 ひとつだけ、その秘密を言えば、それは、どの食材も何かや誰かの未来に繋がっているということかもしれない。無農薬で野菜を作る人の愛情が自給率の低い日本の農業を支える力に繋がっていたり、何気なく入っている牛肉や豚肉が、健康だけでなく飼料にもこだわり、その飼料がアジアの人たちの穀物を安く輸入するのではなく国産のものにこだわっていたり。そうすることで、アジアの食料危機回避に繋がっていたり。そんなふうに考えてみれば、その一口一口が世界の豊かさを含んだ味がするはずだ。 そして、それらを食べた後に残るもの。「ごみ」を捨てに、それぞれがエコステーションに向かう。A SEED JAPANのごみゼロナビゲーションのスタッフたちの指示をあおぎながらも、3年目ともなると、みんな積極的に分別を行っているのがわかる。 今回、ごみは9分別に分けられていた。ap bank fes'07では、新しい試みとして、リユースできる食器を全面導入していた。今までもカップのみはリユースカップを使っていたが、お皿までもリユースというのは、野外イベントとしては初めての取り組みだった。さらに、マイ箸、マイスプーンの呼びかけも事前に行っていたため、持参している観客も多く見かけることができた。 確実に、ごみの分別もマイ箸もこのフェスの風景の一部となっている。そういうふうに思えた。 音楽の力、次への希望しかしなぜだろう。全体がワサワサと慌ただしい。これは開園直後から受けた印象だった。話を訊けば、観客の中には、1日のみではなく、2日、3日と続けてフェスに参加する予定の人が多く、このフェスが単なるライブを楽しむだけのフェスでないことは、その観客自身が一番よくわかっている。だから、観客は日にちを分けて、何をするかを考える。 今日はdialogueをゆっくり聞く、今日はワークショップに参加する、今日は雑貨をゆっくり見て回る……、そんなふうに。 しかし、1日のみとなった今回、それらをじっくりと堪能することは実際は難しく、必然的に慌ただしい空気が漂ってくる。 この空気は、実は、それまで2年間のap bank fesには感じられなかったものだった。 前半にも書いたが、このフェスはそれぞれに関わる人たちがそれぞれの想いを持って作り上げるフェスだ。そこには、よりよい未来を願い、作っていこうとしている人たちの「伝えていこう」「広げていこう」とする志がある。 出店者たちはその志をより強いものとして今年に臨んでいる。しかし、出店者たちが食のことや雑貨のことを伝えるにも、ワークショップで何か物を作るにも、ある一定の時間と余裕が必要だ。逆に、環境のことをもっと知りたいと思う参加者の気持ちにも、自然観察会に参加したいと思う気持ちにも同様に。 しかし観客は焦っていたし、出店者たちもまたどこか消極的になっていた。4日間用意していたもの、物質的なものも準備していた時間の大きさも想いの数々も、出し尽くせないのではないかという不安が、少しだけ心を疲れさせていたのかもしれない。 想いが伝わったとき、重なるとき、繋がるとき、新しい気付きや発見があるとき、そこには必ず人間らしい喜びがあり、感謝がある。それがまた次の日に繋がり、次の日に繋がり、ap bank fesは、やはりそのことを含めての大きなうねりを昨年、一昨年と見せてきた。だからこそ、本当ならそれができたかもしれない、もっと伝えられたかもしれない、という想いはどうしても消せなかったのではないか、そう思うのだ。 フードエリアが開場してからライブがスタートする12時まではあっという間だった。フードエリアにいた人たちは、どんどんライブエリアへと流れていった。ライブがはじまったのだ。 2万7千人という人数は、圧倒的である。広い芝生を埋め尽くす人、人、人。夏の空の下、熱気が溢れている。 ステージに現れた櫻井和寿と小林武史はこれ以上ない笑顔で、ステージからこの大勢の観客を見渡した。 初日で最終日。そう櫻井が伝えたように、たった1日となってしまったフェスだったが、小林、櫻井をはじめとし、Bank Bandのメンバーも、そして参加したアーティストたちも、初日で最終日だからこそできることを、より強くイメージし、歌は、言葉は、音楽は、伝える力や繋がる力を増していたように思う。 想いは確実に人々に波のように伝わっていき、ライブは本当に素晴らしいものになって いくだろう。それは絶対的な信頼感だった。 途中、フードエリアに戻ると、昨日、おとといのチケットを買っていて、今日ライブを見ることができなかった人たちが、高台の芝生の上で何組も座っている。野外で音は聴こえてくるから、その雰囲気だけでも味わいたいからだった。 ほどなくブレイクタイムになると、ライブエリアから観客がフードエリアに流れ込んできた。長時間のステージだから、食べ物の確保とばかりに、飲食店にはすぐに長蛇の列ができていく。 kotiでは、そのブレイクタイムを利用して、14日に出演予定だったヨースケ@HOMEがギター一本でミニライブを行っていた。 「誰にやれと言われたわけでもない。だけど、どうしてもap bank fesで歌いたかった」そう彼は答えた。 「それで小林さんに歌っていいですか?って訊いたら、ぜひって言ってくれたんで、ここでやってるんです。僕もそんなにエコとか興味がなかったんだけど、普段サーフィンをやっているので、海を見て、自然のことを考えることは多くて」 大きな笑顔でそう答えたヨースケ@HOMEは、大好きだというボブマーリーの「three little birds」を一曲目として、4、5曲のミニライブを終えた。観ていた男の子の一人が有機野菜のミニトマトをプレゼントすると、「ありがとう」と嬉しそうに笑う。 また、午前中にap bank dialogueが行われていたテントでは、ap bankのスタッフが司会をつとめ、未来バンクの田中優さんと土谷和之さんを迎えてのミニトークショーが行われていた。テーマは「お金の流れを考えてみよう」というもので、現在の経済、社会におけるお金の流れ、使い方の問題を考え、変えていくことで未来を変えていくことの提案がなされた。普段何気なく銀行に預けているお金がどのように使われているのか、私たちは知らない。ap bankの立ち上げから関わっている田中優さんによって語られるお金の行方、そしてそれらを変えることができるのだという希望。そもそもap bankの立ち上げもまた、お金のしくみを変えていこうということからはじまっている。それを確認するように、トークショーは進んでいった。 再びBank Bandの演奏がはじまる。 ap bank fesにとってこの音楽の力は本当に大きい。音と音が連なり、ひとつの音世界を作り出し、ひとつの流れにまた違う流れが乗り、大きく魅力的なグルーヴが生まれる。順番にアーティストが迎え入れられ、演奏者とシンガーがともに意識を共鳴していくことで、かけがえのない時間がそこに生まれる。さらに観客の声援が、その音楽をより高みへと押し上げる。すべての人が笑顔になる。そういう素晴らしさがある。 世界もまた、そうやって作られる。そんなイメージを誰もが意識的に感じとることができるのが、音楽の凄いところだ。 これは、1年目、ap bank fes'05の初日に、初めて同じ場所から同じステージを観たときから、変わることなく、強く強く心を捉えたものだ。ああ、こうであればいい、と、こうして人と人は想いを持って繋がれるのだと、そして、いつだって、新しい未来に向う第一歩になりうるのだと、本当にそう思うことができた。 それは、昨年も、そして今年も同じように心を捉えた。いや、今年は、台風で2日間が中止になってしまったからこそ、そのことを改めて強く感じたように思う。この1日で何を伝えようかとイメージし、そのために急遽タイムテーブルを変え、再び流れを作り、リハーサルを繰り返したBank Bandの演奏には、さらなる感動さえあった。昨日、おとといに出演予定だったアーティストの参加も、また、自分なりに何かできればと急遽一人で歌ったレミオロメンの藤巻の歌にも、想いが溢れていた。 改めて思う。これが、アーティストという人たちの魅力なのだ。彼らは想いを表現し、伝え、心に届かせ、観客の心の扉を開かせる、そんな力が確実にある。 だけどそれは、本当にアーティストと呼ばれる人たちだけができることなのか。誰もが同じように、様々な場所において、想いを形にし、伝え、誰かと繋がることができるのではないか。 ap bank fesの素晴らしさは、その可能性があちらこちらに見えていることだと思っている。フードエリアで出店している人たちの想い、ワークショップで自然のことを伝えようとする人たちの想い、自然エネルギーのことを伝えようとしている人たちの想いも、ごみを通して未来を考えようとしている人たちの想いも、様々な形となってap bank fesには溢れている。だから、それは、歌とはその表現の形は違っていても、人の心に届くし、環境に対して、未来に対して意識的になる扉を開いてくれている。 今後、地球温暖化が進めば、台風だけでなく、様々に起こる自然災害は、もっと増えていく可能性があるという。先日大雨で災害をもたらした九州地方南部も再び台風で大きな被害に遭い、フェス当日、新潟では大きな地震が起きている。まだ新潟中越地震や石川県の地震の被害も復旧していないというのに。 自然の猛威は、そうやって人がせっかく時間をかけて作り上げた大切なものたちを奪ってしまう。そして人の志や想いを簡単にくじいてしまうときがある。しかし、だからこそ、私たちはもっとその想いを強くして、いい未来を描いて、生きていけたらと、この素晴らしいライブを、かけがえのない笑顔を見て、本当にそう思った。 話を訊けば、来場していた観客の多くは、フェスがはじまった3年前に比べて、ずいぶん環境について意識を持って、日常の生活の中でこつこつと取り組んでいる人が多い。 「今まで意識もしなかったことなのに、ごみの分別を家でもするようになったのは、昨年ap bank fesに来てからです」 そう答えたのは会社員の若い女性だった。 一人一人がフェスでの想いを持ち帰り、ごみの分別をしたり、エコバックを使ったり、節水したり、省エネしたりしはじめたと答えたことは、本当に意味のあることだと思う。しかし、その一人一人の想いをもっと育てて、形にしていくことが、これから先さらに必要になるだろう。 人の想いが繋がって、2万7千人を笑顔にする音楽が確かにある。そのことを、ap bank fesを体験した人たちはもう知っている。そのことを希望だと信じたいと思う。 そして、今回中止になってしまったことで伝えられなかった想いの多くもまた、次への力となり、新しいap bank fesに向かっていくだろう。それもまた、私たちの希望だと思う。
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