Magazine

マガジン

VOL.7

2018.06.07

「食にまつわること」 ジェローム・ワーグ×原川慎一郎×小林武史<前編>
「食にまつわること」ジェローム・ワーグ×原川慎一郎×小林武史
ap bank fesではこれまでもサステナブルな未来のテーマのひとつとして”食”をフィーチャーしてきました。日々の営みすべての基本である”食”。ここでは、食と自然のより良いあり方をアーティスティックに提案しているふたりのシェフをご紹介します。食とアートのクリエイティヴな関係。おふたりには今年のフェス会場に設けられる「食とアートのエリア」に登場していただく予定です!

ジェロームの働いてる環境がみてみたくてアメリカへ(原川)

小林

そもそもジェロームと原川くんはどういうきっかけで出会ったの?

原川

僕はそれまで言ってみれば”普通に”日本のレストランで働いてたんです。コックコートを着て厨房に立つようなかんじで。で、あるとき東京で食のイベントがあるから手伝わないかって誘われて。それが『OPENharvest』[※注1]という催しだったんですけど、そこにジェロームがシェフとして来ていたんです。

「食にまつわること」ジェローム・ワーグ×原川慎一郎×小林武史
小林

そのときジェロームは<シェパニース>[※注2]のシェフとして招かれていたんだよね。

ジェローム

そうですね。

原川

そこで僕はキッチンで働く彼の姿をはじめて間近で見て、それがすごく”自由”に見えたんです。周りへの配慮や優しさもそうだし、なによりストレスなく料理をしているかんじが印象的で。

ジェローム

<シェパニース>はサンフランシスコの自由なコミュニティーがベースになっていたから、フランス人の僕にとっても心地よくいられる場所だった。自由な雰囲気がいつもあったからね。そこにいるスタッフもみんなそういうことが大切だと思っていたし。

原川

それが自分が置かれていた環境とのギャップがすごく大きかった。そこから「彼の働いてる環境を見てみたい」と思い始めて、しばらくしてホントに向こうに行ったんですよ。

小林

じゃあ最初はアリス・ウォータース[※注3]じゃなくジェロームだったんだ。

原川

じつは僕がアリスのことを知ったのは向こうに行ってからですね。

小林

日本からいきなり<シェパニース>に飛び込んでみてどうだったの?

原川

日本でのジェロームの姿に輪をかけて驚きでした。厨房に新入りが入ってきたら普通は「おまえは皿洗いでもやっとけ」ってかんじだと思ってたんですけど、みんなぜんぜんそうじゃないんですよ。ものすごく忙しいなかでも「気になるのがあったらどんどん味見していいからな」とか「必要なことがあったら言ってくれよ」とかみんなが新入りの僕に声をかけてくれるんです。

ジェローム

ジェネラス(寛大)であるのは大事だよ。クリエイティブにとって息苦しくて良いことはないね。そしてそこには信念がないといけない。強さを兼ね備えてこそのジェネラスだから。

小林

アリス・ウォータースという人がある種の哲学的な人だからね。

ジェローム

ただ、僕が入ったばかりの<シェパニース>というのはシンプルにいろんな人が集う楽しい場所だったよ。アーティストなんかが頻繁に出入りしてたけど、特にアクティヴィストっていうようなイメージもそんなになかったし。(コンセプトのひとつの)”地産地消”ということにしても、プロヴァンスで育った僕にとっては地元の農家と繋がるってあたりまえのことだった。ただ、アメリカにとってはそれはやや特別なことではあったんだろうけど。

小林

ジェローム自身は今のような活動はどういうところからはじまってるの?

ジェローム

僕は幼いころから世の中に違和感を感じているようなタイプで。唯一アートを通してなら世界とつながれるのではと思っていた。だからいつも自分をどう表現するかってことを考えてたんだ。それは言葉のときもあるし、絵やグラフィッックを使ったりもしていたね。食はそのうちのひとつだったんだよ。アリスはとても寛大な人で、僕が<シェパニース>に勤めるときに週3日の勤務以外の日はアーティストとして時間に充てさせてほしいという願いを快く受け入れてくれたんだ。それでその間に自分で本を作ったりしていた。そんなかんじで最初は出たり入ったりしながらで傍ではそういうアートでの自己表現も同時に模索してたんだ。

小林

そうだったんだね。

「食にまつわること」ジェローム・ワーグ×原川慎一郎×小林武史
ジェローム

それから僕は禅の思想に惹かれて[※注4]2年ほど店を離れてカリフォルニアの禅寺で修行をしたりもしたんだよ。でも、そのあと僕が店に戻ったら新しいスタッフが入っていて。その彼女と10分くらいしゃべってたんだ。でもそのうちに、ちょっとおかしいなと思い始めて。どうやらその女性は前から知ってるスタッフだってことを途中でやっと気付いたんだ。

小林

それまでぜんぜん気付かず?

ジェローム

彼女がずいぶん髪を切っていたってこともあるんだけどね(笑)。でも、そのときハタと思ったんだ。これは僕はちょっとコンセプチュアルな方に行きすぎてるな、メディテーションに偏りすぎてるな、って。昔からの知り合いに気付かないくらいなんだから。それからは、もっと日々にちゃんとコネクトしながら”食”を通して表現していくべきだって思い直したんだ。

※注1 『OPENharvest』
2011年に東京で開催された”食べるアート・インスタレーション”として話題を呼んだイベント。

※注2 <シェパニース>
地産地消のオーガニック食材をシンプルで伝統的に調理することをコンセプトにしたカリフォルニアのレストラン。アメリカで最も予約がとれないとも言われ、世界のトップレストランとして知られる。

※注3 アリス・ウォータース
スローフードの提唱者としても知られる<シェパニーズ>のオーナー。近年は”Edible Schoolyard(食べられる校庭)”という食育プログラムに取り組むなど、一貫した環境への姿勢を持つ料理家/研究家。

※注4 ジェローム氏と原川氏が共同で立ち上げた東京・神田のレストラン<the Blind Donkey>の名前は禅宗の言葉「瞎驢眼」(かつろげん/”盲目のロバ”の意)に由来。

後編につづく

PROFILE

原川慎一郎

静岡県出身。フランス「La Madeleine」、三軒茶屋「uguisu」などを経て目黒に自身のレストラン「BEARD」をオープンし人気を博す。その後、ジェローム氏とともに環境に配慮した食材のオーガニック化をコンセプトにした会社<RichSoil&Co>を設立し、東京神田にそのコンセプトを体現するレストラン<the Blind Donkey>を出店。

ジェローム・ワーグ

仏パリ出身。米カリフォルニアの<シェパニーズ>の総料理長を長年にわたり務める。自然環境への深い洞察を元に、原川氏とともに<RichSoil&Co>と<the Blind Donkey>を日本でスタートさせる。

index

TOP