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VOL.12

2018.07.15

命をつなぐ食のレゾナンス 小林武史 × 伊藤雅史 × 佐々木麻紀 × 佐藤剛
命をつなぐ食のレゾナンス 小林武史 × 伊藤雅史 × 佐々木麻紀 × 佐藤剛
ap bank fes ‘18内の1エリアにある<Reborn-Art DINNING>で供されるフードメニューには、そのベースにさまざまなテーマがあり、そこで使われている素材は各地のこだわりの生産者さんに作っていただいたものが使われています。生活だけでなく命そのもののベースである「食」。ただ毎日のことであるがゆえに見過ごされがちなのも事実。そんな日々の食材のことや、そこに込められた生産者の想いを語っていただきました。

<Reborn-Art DINNING>に参加されている生産者の方々から代表して、今日は三名の方に集まっていただきました(※注 佐藤さんはネットでの参加でした)。みなさん、小林さん直々の人選ということなんですが。ではまずは、佐々木ファームの佐々木さんからご紹介いただけますでしょうか。

小林

佐々木さんとは、アリス・ウォータースさん(米の有名レストラン『シェパニース』オーナー)が来日したときに、前にこのコーナーにも出てもらいましたがジェローム(・ワーグさん)のお店でお会いして、すごく農業に深い考えと想いを持たれている方という印象でした。

命をつなぐ食のレゾナンス 小林武史 × 伊藤雅史 × 佐々木麻紀 × 佐藤剛
佐々木

わたしは農家の4代目なんですが、それもあって小さいころから食べることがすごく身近にあったんですね。学校から帰ってきたら塩を持ってウチの畑を歩いてたくらいで(笑)。なので、おいしいものを家族と共有することがあたりまえの生活だったのですが、そこからだんだんと、このおいしいものを家族だけじゃなくて「もっと誰かに伝えたい」と思ってきたんです。それがそもそもの生産者としての想いの始まりですね。

小林

佐々木ファームさんは「自然栽培」による野菜を作られているんですよね。

佐々木

農法というものには自然栽培もあれば有機農法などいろいろ種類があって、それぞれやり方は違います。そういうなかで、わたしはどれが正しいかということよりも、自然の命をつないでいく、命があふれる野菜を作るということが基本だと思っています。

小林

そうですね。どれがいちばん正しいか、ということにはたしかにあまり意味はないように思いますね。大きなベクトルはみんな同じですから。

続いては木更津「耕す」農場の伊藤さんです。

小林

伊藤くんはもともとはkurkkuのレストランで働いていたスタッフで。農業に興味があるというので、僕が木更津(「耕す」農場)を始めるときに声をかけたんだよね。

伊藤

そうですね。僕が農業に興味を持つきっかけは、まずkurkkuで働いている料理人の方たちがすごく素敵だったんですよね。それまでは飲食業って学生のときのアルバイトのイメージであまり良くはなかったんですけど、それがkurkkuで一変したんですよ。そのあと、今度は料理人が惚れこんで使っている素材を作ってくれている生産者さんってすごいなと思い始めて。レストランで使わせてもらっていた、ap bankが融資をしていた生産者の方たちにも素敵なひとがたくさんいましたから。

小林

そういうことを身近で感じる環境だったんだよね。

伊藤

そうですね。僕はレストランではサービス係だったんですが、それはお客さまに食材への想い入れを直接伝える役割でした。お客さまに対して”この料理に使われている素材にはこのような良さがあって”というのを伝えているうちに、それがどんどん自分自身でも気になっていったんです。そうやって、農業の魅力に惹きつけられて始めたので、今は実際にやっていて本当に楽しいです。

では、続いて養豚家の佐藤さんです。

小林

彼は蔵王出身の養豚家で、そもそもはイタリアンのシェフなんだよね。去年のReborn-Art Festival2017でフードディレクターを務めてくれていた目黒さんのところで働いていて。

佐藤

『AL FIORE』では目黒さんの下でイタリアの食文化をいろいろと学ばせてもらいました。店ではレストランで使う野菜を自分たちで作っていたんですが、それが”シェフとして食材を作る”ということに興味を持つきっかけでした。

命をつなぐ食のレゾナンス 小林武史 × 伊藤雅史 × 佐々木麻紀 × 佐藤剛
小林

で、大谷翔平でも二刀流のところを佐藤くんの場合は”3刀流”で。野菜の次は豚の飼育をはじめて。

佐藤

小さいころから動物と触れあうことが多かったというのもあるのですが、イタリアの豚肉文化の深さに影響を受けたことが大きいですね。でもそうなると、自分が使いたいと思う豚肉がなかなか日本では見つからなかったり、あったとしてもなかなか手に入らなかったり。それならいっそ自分で作ってみようと思ったんです。

小林

日本で流通している通常の豚肉ってちょっと味が”水っぽい”と言われることもありますけど、佐藤くんがやっている養豚とはどういう違いがあるんだろう。

佐藤

イタリアでは養豚はとても生活に根付いた文化で、村ではひとつのグループで1頭の豚を育てます。、毎年冬になるとそれをみんなで潰して加工するんですよ。で、そのタイミングでまた新しい豚を育て始めます。ということはつまり1年は育てることになるんですね。それに比べて日本では肉になるまでだいたい5~6ヶ月程度。だからイタリアの豚は日本の倍以上の大きさがあります。

小林

ある意味で日本は子供の状態で出荷しているということだよね。仔羊や仔牛の肉もさらっとした味わいが特徴だけど、日本の豚にもそれと同じようなことが言えるわけだ。だから佐藤くんが作っている豚肉は、それよりもっと成熟したというか、生きてきた力やエネルギーの蓄えがある味になっているかんじがするよね。

佐藤

まさにそんなイメージですね。

小林

いや、本当に彼の作る肉はすごいんです。これをイタリアンのシェフにお願いするのはどうかと思ったけんだけど、以前佐藤くんに「この肉で”豚の生姜焼き”を作ってくれ」ってお願いしたんだけど、これがね、いやもう絶品で(笑)。世界一といってもいいくらい。ぜひ来年のReborn-Art Festival2019ではあれを出したいと思ってます。

いや、それはぜひ食べてみたいです。ちなみに、佐々木さんもレストランで仕事をされていた経験がおありとのことで、みなさん生産者というだけでなく直接お客さんと向き合うことがあるわけですよね。伊藤さんもさっき「直接伝えるうちに」ということを仰られていましたが、そういったこともなにか現在のスタンスに影響はあるのでしょうか?

佐々木

わたしは一度家を離れてフレンチやイタリアン、割烹、パン屋といろいろなところで従事したことがあります。厨房もサービスの経験もありますね。そういったところで、食材がレストランを通じてお客様に繋がっていくストーリーを実感できたというのは自分にとってはとても大きいです。シェフがどういう気持ちで食材を発注するのか、それをお客さまがどう喜んでくださるのか。そういったことを間近で体感できたのは貴重なことだったと思います。

なるほど。そういったことが現在の佐々木ファームさんスタイルにも影響を?

佐々木

ウチは以前は市場に出荷もしていたのですが、現在はお客さまへの直接販売が100%になりました。B to C(個人顧客への販売)が1割で、B to B(レストランなどの事業者への販売)が9割です。ですので、それぞれ直接反応をいただける喜びというのはとても大きいですね。お客さまが次にもっと喜んでくれるものは何だろう?と考えて提案したり、シェフの_方々でいうと「お客さまが喜んでくれること」を共通の目標としている感覚で、食材が持つストーリーをシェフの技術で一層高めてもらっている、そういう感覚ですね。

小林

”おいしい”っていうのは”健康志向”とかともまた違って、もっと根源的に感じる”気持ちのよさ”っていうのがあって、それが食材や人を通じて循環していくのはすばらしいことだよね。

では伊藤さんはレストランからスタートして今お客さんにはどういった想いでいま作られているのでしょう?

伊藤

僕は神奈川・東京で生まれ育ったんで、友達もたくさん近くにいますし、もとより日本でいちばん大きい都市ですから、そこに住む人たちにとにかく広く届けたいっていう気持ちですね。オーガニックで育った野菜が特別なものではなくて、もっと普通に選択することのできるマーケットができればいいなと思ってます。東京ですらまだまだ買えるところでしか買えないという状況ですからね。

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選ぶのは消費者の人たちだとしても、選べる状況をまず作りたいと。

伊藤

そうですね。地域にはそれぞれに役割があると思っていて、僕らは木更津でやっているので首都圏に近いというのが地の利です。それを生かして鮮度のよいオーガニックの野菜にもっと気軽に触れていただくことで、マーケット自体の底上げができればという想いですね。

佐々木

消費のなかにも”単なる消費”と”投資を含んだ消費”というものがあって、良いと思うものを選んでもらうことが生産者にとっては投資にもなります。そういう意味で、選択肢があるというのはすごく大事なことですよね。

伊藤さんはまず首都圏で広くその状況を作ることを目的としている、と。

伊藤

そうですね。

佐々木

日本では時代を経て食料が足りないということはなくなりましたけど、大量生産/大量消費ということには限界がきていると感じます。今では野菜の1/3がさまざまな事情から廃棄されてしまっています。それは生産者としてもとても悲しいこと。であれば、価格は比較的高いくても上質なものをを大切に使っていただくということができれば。そういう意味で、わたしたちのスタンスは例えるなら”上質なカシミア1着を大切に持つ”といったことに近いでしょうか。

ファストファッションのお店でたくさん買ってたくさん捨てる、というのではなく。

佐々木

そういうことですね。

小林

”食べる”ということはどういうことなのか。食材はどういうふうに作られているのか。経済の循環のなかでどういうことができるのか。そういう本質的なところを考えるところにきているんだと思います。イタリアやフランスではオーガニックはあたりまえのことだけど、そういう考え方が日本に入ってきたのはまだ最近のこと。でも逆に日本にはここにしかない豊かさもあって。細胞だって入れ替わっていくわけで、僕らもさまざまなことを捉え直すことで変わっていけるんだと思う。

伊藤

それでいうと、農場にいると”細胞が起きてくる”という感覚があるんですよ。オーガニックを選ぶこともお勧めしつつ、ぜひ農場に足を運んでいただければ。そうすればもっとストレートに感じてもらえることはきっとたくさんあると思うんです。

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▲佐藤さんの放牧の様子

佐々木

本当にそうですね。自然をいくら人間がコントロールしてもたかがしれていて、植物がなにをしているかって”命を次に渡す”ということ。人間も究極をいえばそういうことですから、それは足を運んでもらえれば体感してもらえると思います。

佐藤

僕は”豚が豚らしき生きる”ということを軸に養豚やっているんですが、そうすると土地に対する敬意を持つことが前提になります。これからは蔵王を離れて牡鹿半島で新たに養豚を始める予定なんですが、海風だったり海からの副産物も含めた共生になるわけで。きっとそこで育った肉も塩味(えんみ)を感じるものになるのでは。そういうことを楽しんでやれたらなと思ってます。

小林

彼が牡鹿半島に移住してやろうとしていることは、ある意味で日本の縮図のような気がしています。海に囲まれた半島でどんな循環ができるのか。僕らはそこに現代アートや音楽も持ち込んで来年またReborn-Art Festivalをやろうとしているのだけれど、そこで何ができるのかを改めてわくわくしながら自分でも楽しみにしているところです。

今年のこのap bank fes ‘18からみなさんのクリエイティブがまたどう繋がっていくのか、楽しみにしています。

PROFILE

伊藤雅史(いとうまさし)

耕す木更津農場の農場長。
大学時代にkurkku kitchenでアルバイトをしたのがきっかけで、ap bank、食と農の活動に強く共感する。
大学卒業後、鴨川での農業修行を経て、ap bank入社。
ap bankの活動の一環から始まった「農業生産法人耕す」の設立メンバー。
現在、複数のスタッフと共に、有機認証6haの畑で年間100トンを超える有機野菜の生産、管理に携わっている。

佐々木麻紀(ささきまき)

農家の四代目に生まれ、子供の頃から農業の手伝いが大好きだった。高校卒業後、ニュージーランドの専門学校にて農業を学び、 帰国後、札幌と東京の飲食店で、料理サービスに従事。2011年震災後に家業の佐々木ファームへともどり科学的な農薬や肥料を使わない循環型農法で野菜を生産し多くの飲食店と連携して、食の楽しさと大切さを 伝える。2017年より代表取締役に就任。食べることは生きること全てにつながっていることを生産者として伝えていくのが自分の役割と思い、日々取り組んでいる。

佐藤剛(さとうたけし)

仙台『AL FIORE』で目黒浩敬氏のもとでイタリアンを学ぶ。その後、養豚家として独立し自然放牧による<たけし豚>が著名シェフの間でも人気に。今後は石巻市・牡鹿半島に移住して新たに養豚や農業を中心に活動を予定している。

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