LIVE REPORT
07/1507/1607/17
LIVE REPORT

ap bank fesという「たった3日間の夏休み」、その最後のときが来た。
実は開催する前から、3日間のうちでこの日が最も天候が危ないと出演者&スタッフ共にわかっていたので、前日の深夜から舞台スタッフや製作スタッフは雨が降った場合のことをいろいろ考えてシミュレーションを重ねていた。

そして迎えた当日。
ここまでの2日間と同じように、Bank Bandのリハーサルが11時からスタジオで行われた。最終日だからといって、別段センチメンタルになるわけでもなく、硬くなるわけでもなく、淡々とリハーサルが進んでいた。ただ一人を除いて――。 ただ一人の男、それはGAKU-MCである。実はGAKUは2日目の“手を出すな”でちょっとした構成ミスを犯していた。終演後、それをBank Bandのメンバーに茶化され、たしなめられ、かなりの勢いで反省していた。「今日こそは」――それがGAKUの気持ちであり、自分のミスをピエロのように転がして笑いながらも、人知れずの緊張感をもってリハーサルに臨んでいた。順調にリハが進み、さあ本番に向かおうかという中、楽器を降ろすメンバーに向かって「……もう一回、いいっすか?」――そんなGAKU-MCの姿勢が、リハーサルを一層締まりのあるもにしたのは言うまでもない。後記するが、彼はBank Bandのムードメーカーなのだ。
今回のBank Bandは去年に比べて約3割増しの楽曲数に臨んでいた。もちろん、リハーサルの回数や時間もハンパないもので、東京でも血の滲むようなリハーサルを繰り返してきた。一度、筆者がスタジオにお邪魔したことがあったのだが、控え室にマッサージ師が控えている。そして練習の合間にいろいろなメンバーがひっきりなしでマッサージされていた。「か、か、肩が……」、「手首を中心にお願いします」。歴戦のつわものが、今までなかったと音を上げる連日約10時間以上のリハーサルを繰り返していたのだ。
LIVE REPORT
LIVE REPORT

「これやっていると、ギターが上手くなるんですよ(笑)。ハンパなく練習しますから」という櫻井の言葉が表す通り、「たった一度のフェスだけのための、何十時間ものリハーサル」を重ねたバンドは、当日リハーサルでさらなる最終確認をし、3日間のステージに臨んでいたのだ。
最後の当日リハーサルは、とてもあたたかい空気の中で進んでいった。1曲ごとにみんなで拍手をし、しかもシビアなアレンジをその場でしっかり行っていた。そんなバンドメンバーに「いい風」を吹き込んだのが、ゲスト・ヴォーカリストの一人、今井美樹のリハーサルだった。今井美樹は開催前日にあたる14日のつま恋でのゲネプロ(現場でのリハーサル)を行ったのだが、「あのとき、お客さんが入っていなくてもいい波動が会場全体に漂っていたの。だからわたしもあっち(参加者エリア)で観たい!って思った。今日は雨が降っても降らなくても、きっといいライヴになります」。みんな嬉しさをかみ締めながら、その言葉にうなずいていた。
これを読んでいるみなさん、Bank Bandはいいおっさんたちが夢中になって楽器を鳴らし合い、目を見詰め合ってグルーヴを描き出す、赤子に立ち返ったような無邪気なバンドです。こんな贅沢なサウンドを鳴らす人たちが、公園で遊んでいる子供のような表情で時間を惜しまずに鳴らし合い、お互いの演奏に拍手をする。その空気が、このフェスを何よりもプロデュースしているのです。
3日間、1日2万5千人、のべ7万5千人の参加による「夏の始まりの音楽祭」。さあ、最終日の本番が始まります。

14時3分、小林武史と櫻井和寿による「ふたりっきりのおもてなし」と言うべき、オープニング・ソング“何の変哲もないLove Song”から最終日も始まった。「晴れてるつま恋をイメージして選びました。けど今日は雨……でも晴れ渡る空に白い雲をイメージしながら聴いてください。行くよ」という櫻井の一言から始まるピアノとギターと歌だけのたおやかな演奏。ある意味ap bank fesの原点世界を綴った歌(ちなみに木村和さんの曲です)。それをリラックスした表情で手紙のように届けるライヴの最中、ステージ袖には今年から始まったオープニング・バンドが控えていた……「くるり」である。
 
    1 何の変哲もないLove Song(木村 和)

ステージ袖はちょっと異常な景色だった。何故ならば、コウモリのような「黒マント」に「黒帽子」の男が、4人も並んでいたからである。
黒マントのまま肩を組み合い、櫻井の紹介に招かれたくるりは、コウモリになってステージに飛んでいった。
数々のフェスでの名演が表す通り、今やくるりは日本のロック・フェスの顔である。無垢な恋愛の歌、希望を抱え挫折をかみ締める旅の歌。そんなくるりがステージ上で黒マント黒帽子姿のまま横一列に並び、脱帽して一礼する。そんな「奇行」から始まるライヴも、なんともくるりらしい。
淡々と音楽を鳴らしながら、フェスの温度を徐々に上げていくパフォーマンス。「京都から来て、東京に住んでいるバンド、くるりです。いろいろなフェス荒らしをしています。今日は雨が降りそうですが(というか、すでにもう降っていたんだよ)、大丈夫です。適当なこと言っているんじゃなくて根拠はありますが、言いません」と岸田がMCしながら“ロックンロール”を鳴らし始めた。

LIVE REPORT
「たったひとかけらの勇気があれば、本当のやさしさがあれば、あなたを思う本当の心があれば、僕はすべてを失えるんだ。晴れ渡る空の色、忘れない日々の声……」。東京と京都の中間地点でくるりは、心の中を晴れ渡らせる人間の正直さを歌にしてつま恋に届けてくれた。“ワンダーフォーゲル”に「水溜りは希望を映していく」という歌詞があるが、今はまだ水が足りない水溜りのような御椀型の会場にふさわしい歌だった。
すべてを鳴らし終わると、再びマントを着て一礼したくるり。マントの変な模様の裏地を表にして着たくるりは、泥棒みたいだった。つま恋の素晴らしいヴァイブを盗んで帰りますよ、とでも言いたげに4人はステージから消えた。
「ここはエコロジーがいろいろあるじゃないですか。でもくるりはバイ菌のようなバンドなんです。だから今日はちょっとアウェイ気分だった(笑)。しかも今年のフェスの1発目だったんですよ。だからいろいろ混乱しましたけど、メンバーに助けられました。『いいバンドだなあ』ってあらためて思いました。……楽しかったよ」(岸田 繁)
 
    1.The Veranda
    2.ばらの花
    3.ロックンロール
    4.ワンダーフォーゲル
    5.街

楽屋エリアでは「桑田さん詣で」が始まっていた。櫻井が楽屋前で語り合っている。櫻井が戻ると、今度は入れ違いにJENと中川が詣でる。そして小林武史が、今度は楽屋の中に入っていった。ふたりっきりで話をしたかったようだ。
そしてBank Bandの時間がやって来た。
まずはゲストなしの純血バンドとして2曲を鳴らした。MOJO CLUBとTHE BOOMの名曲だ。“星のラヴレター”では裏ビートに合わせてメンバー紹介も行われた。小気味いい技を利かせながらそれぞれが音で挨拶をしていく。コーラス二人がよかった。「よろしくお願いします!」、「盛り上がっていきましょー!」。普通、メンバー紹介のときのコーラス隊は「歌の技術を見せつける」ものである。しかし二人は気持ちを歌ではなく言葉にして届けた。その「挨拶をしたい気持ち」が何よりも届いた。参加者も「観る」のではなく、「過ごしている」感じでライヴに触れている。ステージと会場がいい関係を結んでいた。とても近い関係による巨大なライヴ、そんな空気が2万五千人を包み込んでいた。
 
1.君が降りてきた夏(MOJO CLUB)
2.星のラヴレター(THE BOOM)

LIVE REPORT

さあ、ゲスト・タイムだ。1発目はBONNIE PINK。ゆったりと入ってきて、周りをきっちり見回し、そしてイントロを待って、鳴り出したら歌姫に変わり、伸びのある声で歌う。なんか堂々としているなぁ。
BONNIE PINKの曲は、メロディーの展開と鳴らしたいリズムが1曲1曲はっきりしている。だからなのかバンドがとても「ノッている」。その盛り上がった野郎どもの演奏を従えて、BONNIE PINKの歌が艶っぽく響く。シンガーとして、男を扱うのがとても上手いアーティストだ。
「身も心も緑に染まろうと思って、緑のドレスを着てきました。愛地球博のモリゾーみたいでしょ(笑)。今日は海の日なんですってね。でも山も負けずに盛り上がりましょう!」と景気よいMCをかまして、彼女は「嫌われ松子」になっていった……。
ゴージャスなキャバレー・ミュージックの後は、「今、1000回使えるコーヒー・フィルターを使っています。わたしはカフェイン・アディクトなので、これでゴミを減らしています。こういう場所でもゴミを拾って、愛情を地球に落としていくというか――」というナイスMCの後で、見事なアレンジを施したバンドとのセッションに身を投じていった。
 
    1.Last Kiss
    2.LOVE IS BUBBLE
    3.Souldiers

「気持ちよくリズムに乗って好きに踊ってください。KREVA!」という櫻井の紹介で登場したのが、自分最高!男KREVAである。ちょっと緊張しているのがわかるが、それも当たり前である。大体において、ヒップホップをこんな正統的なバンド・アレンジでやることなんてないのだから。
しかし、KREVAはやっちまった。正統派ポップ・アレンジの中で、彼のヒップホップは見事に飛んだのだ。あらためて彼のメロディー感覚とヒップホップ自体のレンジの広さを証明する素晴らしいパフォーマンスだった。KREVAはヒップホップが歌う音楽であることを証明し、そして進化させるアーティストだ。
もちろん、ショーマンとしての優秀さもきっちり魅せてくれた。
「ちっす」の換わりに「ふぇっす」と小気味いい挨拶をするのもグーだし、「リハのときに『ミスチルの歌、歌う準備バッチシできてます!』って言ったら、小林さんや櫻井さんにきっちりかわされました」というMCも秀逸だった。しかし何よりキテたのは、その後、本当にミスチルの“車に隠れてキスをしよう”をアカペラで歌い出したことだった。強引な展開に小林武史のピアノも付き合い、会場はハプニングに湧きに湧いた。天気までが盛り上がったのか、雨がガンガンに降ってきた。きっと山も喜んでいるのだろう。その後も雨というシャワーをみんなで気持ちよく浴びまくりながら、KREVAがホストを務めるでっかい宴会は続いた。
 
    1.音色
    2.スタート
    3.国民的行事

LIVE REPORT
LIVE REPORT

「雨降っちゃったけど、心を込めて、みんなの心のど真ん中へ、1曲届けさせてください」という挨拶と共にSalyuの歌が始まった。
澄んでいる。気持ちを浄化させ、透き通らせる、まるでデトックスのような歌声だ。前回のフェスからの1年で、どれだけ自分が成長したのかを彼女は歌声で告げていた。
「その歌が、どれだけ人々の心に当たり、震わせるのか?」、それがヴォーカルの力である。Salyuの歌声は、人々の心に深く関与するエネルギーを持っている。彼女の歌声を聴くと、ap bank fesを思い出す――そんな存在になるのももうすぐなのかもしれない。
今日もここで一息というか、地面に座って音楽を聴こうタイムとなった。みんなで歌に揺られている間に、たった1曲だけで雨が上がった。
 
    1.風に乗る船

そしてこのフェスでは、Salyuと二人三脚で大車輪の活躍を見せる一青窈が登場した。
「2週間ぐらい前からずっと緊張しっぱなしで、このフェスのために新曲を作りました。“てんとう虫”という曲です。英語にするとてんとう虫はレディ・バードになります。すべての女性が飛べたらいいなあという歌になればと思って作りました」
小林のピアノと一青窈の歌の相性がとてもいい。それはすなわち、彼女のパフォーマンスがapの心臓部分を表現しているということなのだろう。参加者も座りながら、何かを思い出しているかのような表情で彼女の歌に耳を傾けている。人の心を、どこか大切な部分をフラッシュバックさせる――それも一つの音楽の力であり、精神のリサイクルとでもいうべき作用をもたらすものだ。カンボジアで地雷で足を失った人のことを考え、13歳で兵士になった少年のことを思い出して“てんとう虫”という願いの歌を作った一青窈の表現は、それ自体がapを代弁している。素晴らしきパートナーとしてのパフォーマンスを去年に引き続き披露した彼女に、惜しみない拍手が寄せられた。
 
    1.ハナミズキ
    2.てんとう虫

LIVE REPORT

Salyuと一青窈を従え、Bank Bandのみのパフォーマンスで、みんなが知っている名曲が鳴り響いた。佐野元春の“SOMEDAY”である。イントロのピアノが鳴り響いた瞬間にみんなが立ち上がり、そして櫻井が歌い始めた瞬間から手拍子が起こった。
名曲が歌い継がれ、聴き継がれ、何より語り継がれていく。ap bank fesが目指した根幹にある「音楽でエコの連鎖を起こす」、そんなテーゼにふさわしい、不朽の名作がつま恋に木霊した。右手を掲げながらサビを歌う櫻井は、この名曲の下に集まる人々の生活や感情の起伏を全部、その手で受け留めそうなほど力強く歌い放っていた。
 
    1.SOMEDAY

LIVE REPORT

ちょっとした機材調整の後、今井美樹が招かれた。
登場した瞬間、「うわぁー、すっげぇー、かわいいーーー」とため息と共に感嘆の声が女性参加者から湧き上がる。そんな中、静かに胸に手をあてながら、大きな深呼吸を繰り返し、静かに歌い始めた。
「素敵な音楽が存在し、それを聴いて、大切なことを伝えるというフェスに参加させてもらってありがとうございます。今になって失ったこと――例えば大切なことや人や自然――に対してもっと好きだったよとかよかったよとか、言ってあげれなかったことを後悔したりするんですね。人生は限られたものだから、もう後悔なんてしたくないなあと思うんです。だから何かを思ったときに、ちゃんと伝えたり、何かをできるようになりたいって思います。今は雲で太陽が見えないけど、みんなの中にキラキラした太陽があることを信じて聴いてください」
そんなMCから歌い始まったのだが……あぁ、何故かその瞬間から再び雨が降り始める。櫻井と今井美樹の声が折り重なると、とても綺麗なハーモニーが誕生する。きっと声質が合っているのだと思う。そんな「声と声の関係」が響く僕らの心は澄み渡るのだが、実際のつま恋はどんどん雨に濡れていく。太陽のあたる場所という意味のタイトルの歌が始まったとたんの雨に、曲が終わるや否や「始まった瞬間からの雨って……がっかり!」と苦笑いで語る今井美樹。でもそんな自然との駆け引きを楽しむように、さらに彼女は歌を楽しみながらバンドと音楽の中で戯れた。

思ったことがある。去年のBank Bandに登場したゲストは、櫻井と一緒に歌うために歌っているような雰囲気があった。今年はそれよりもBank Bandと一緒に1曲を完成させている感じが強い。もちろん、どちらがいい悪いじゃないが、今年のゲストのBandの中に入り込んで新しい表現をかみ締めている様子は、とても感動的だった。
 
    1.Miss You
    2.A PLACE IN THE SUN
    3.PRIDE

さあ、最高潮のパーティー・タイムが始まる笛が吹かれた。GAKU-MCの登場である。
「俺、もう泣きそうなんですよ。1年間、このイベントのことを考えてきたからさー。みんな、イエーって言ったら、イエーって言ってくれますか? のどチンコ一緒にブルブル震わせてくれますか? 」
もちろん、エブリシング・イズ・オールライトである。だってこれから始まる曲は、ドイツ・ワールドカップ・イヤーに、02年大会のときのスタジアム(エコパ)のすぐそばで鳴らされるap フェスのアンセムなのだから。
巨大なダンス大会の始まりである。途中でサッカーボールを蹴り上げる櫻井のインステップ・キックの美しさと、GAKU-MCの身のこなしのしなやかさに先導され、会場のステップがどんどん熱く跳ね上がっていく。
GAKU-MCはこのバンドのムードメーカーである。バンドの楽屋でも、そしてさりげない団欒のときも、彼はバンドの温度を上げるためにいつも的確な一言をフリースタイルで投じていた。いろいろな世代が混ざり、いろいろなジャンルのアーティストがゲストとして来てくれるBank Bandでホスト役を務める櫻井の友人として、そして自然体でのショーマン体質を現場で惜しげもなく披露するヒップホップ・アーティストとして、GAKUはシャープにポイントをつく見事なボランチ役を自ら買って出て、献身的にバンドのテンションをあげる役目に徹してきた。その成果がこの“手を出すな!”という1曲で爆発した。

LIVE REPORT
みんな、最高のヒップホップ・サンバに魂を持っていかれた。そしてGAKUは雨の中、会場内をロナウジーニョ並みのスピードとフェイントで走り回り、みんなの心も持っていった。「“手を出すなそれだけがルール、頭を使え”と歌ったら、フランスの10番が頭を使いましたが、いけません! どっかのおっさんがミサイルを打っていましたが、他の国のことに手を出してはいけません! 僕は地球が大好きです! 」と曲のブリッジ部分でメッセージを発し、そして駆け巡ったまま一気にステージからも去っていった友人の最高のパフォーマンスとソウルとメッセージに、櫻井は大声で「GAKU君、よかったよー!!!」というエールを送った。
 
    1.手を出すな!
LIVE REPORT

そして。一呼吸おいてから、櫻井は手拍子を始めた。誰のための手拍子か? そう、もう、みんなわかっている。まさに今、「あの男」がステージに登場しようとしているのだ、胸騒ぎの腰つきで……。
「レディース&ジェントルメン! 大先輩っす!! 桑田佳祐!!!」
一気に沸点を軽く飛び越し、つま恋自体が世界のど真ん中になったかのようなテンションが爆発した中――桑田さんはなんとも言えない表情で「かき氷屋」の旗をぶら下げた自転車に乗って、ステージに登場した。そしてその瞬間に、ありえないイントロが爆音で鳴り出した。
“イノセントワールド”!!!!!!!!!!
あぁ、世界が止まった。いや、間違えた。地球がフィギア・スケートの回転のように見えないほどのスピードでクルクル笑っているかのようだ。あぁ、本当に最高だ!
サビで櫻井が顔と目を拭いている。そして参加者はありったけの声とエネルギーで大合唱している。そして桑田さんが“イノセントワールド”を歌っている。なんてこった、最高の世界じゃないか。雨が強くなろうとも関係ねー! だってここはイノセント・ワールドなんだから。
「私が来ると雨が降る。ミスチル・ファンはカンカンですよね(いやいや)。レミオロメンなんか帰っちゃったから(いや、今日は3人は来ていないんです)。櫻井和寿〜! いい男です! 個人的に日本で一番才能があるライターでありシンガーです……あ、言っちゃった(笑)。次行くよー! 早くやらないと! 最終(新幹線)で帰らなくちゃいけないんだから。嘘嘘!!」

もう、何でもオッケーである。だってこんなMCの後で“いとしのエリー”なんだから。しかもアンプラグドで桑田さんに弾き語りからバンドに流れていく、特別アレンジのエリーである。僕はくしゃくしゃの顔で会場を見渡した。みんなくしゃくしゃだった。多くの人が、笑いながら泣いている。ありとあらゆる感情が噴出してしまうのだ。だからなのか、雨も凄い勢いで降り注いできた。素晴らしきバラッドをデュエットする桑田さんと櫻井がここに存在している事実に、みんな酔いしれていた。
「小林(武史)さんと知り合ったのは87年で、今は立派になったけど、当時は大丈夫かなーって思ってました。(ギターの)小倉さんも合わさって、よく一緒に呑んだものでした。小林、小倉と出会わなかったら、サザンも僕もいろいろなことが起こらなかったと思うんです。そんなあの頃、みんなで作った曲をやります」、そんなMCの下に“真夏の果実”。そして小林のピアノのイントロからスタートする“希望の轍”。名曲の洪水がとどまることを知らない。小林のスウィングするピアノがすげー楽しそうだ。ホンキートンクしながらどんどん馬力を上げていく。そして、小林や小倉という盟友だけとの特別なグルーヴをエンタのロケットに乗せ、桑田さんは発射させまくっている。
「今日は呼んでくれてありがとう。身内のような人も多かったんですが、久しぶりに親交を深めることができました。今回誘ってもらって、いろいろ教えてもらおうと思ってますけど、僕のエコは……自分の中だけの原風景があるんです。それが『ふるさと』でね。僕のふるさとは茅ヶ崎なんですよ。そこの沼や池の匂い、そして街の肌触りとか、母のぬくもりがずっと心の中に残り続けていて。そういう母性や匂いを作品にしていくこととか、そういう気持ちがエコロジーなんだと思うんです。だから、これからは小林君や櫻井君からいろいろ教えてもらおうと思ってます」
そんなMCの後、ついにあの曲が鳴った。ミスチルと桑田さんの共作シングル、“奇跡の地球”だ。
もう言うことなんかない。この30年間の日本のポップ・ストーリーの芯が、この日のつま恋に集結し、見事なライヴとして結晶化した。
ここに「歴史」があった。そして「未来」が光った。
桑田さんは最後まで桑田さんだった。一度ステージから去ってから、もう一度戻ってきて、「ミスチル出るよー!」といたずら心に火をつけて帰っていったのだ。
 
    1.innocent world
    2.いとしのエリー
    3.真夏の果実
    4.波乗りジョニー
    5.希望の轍
    6.奇跡の地球(桑田佳祐&Mr.Children)

「あー、幸せだ……」と櫻井が独り言のようにつぶやく。「あれだけ膨大な曲と回数を重ねて練習してきて、たった1回だけみんなに聴いてもらうんです。残念ですけど、さいこうです(笑)。3日間の休日を名残惜しむように、この曲を歌います」
櫻井も、バンドも、そして参加者も、みんなが見詰めている。見えている世界じゃない。「歌」を見詰めている。
今年のBank Bandもそうだったし、フェス自体がそうだった。とてもリラックスしながらエコロジーを見詰め、そして音楽を奏でていた。多分、それが音楽の力だったのだと、終わった今となっては信じられる。音楽がap bankを生み出し、音楽が自然と波長を合わせてフェスを生み出し、そしてエコロジーに対して音楽がメッセージを代弁する。静かだけど、落ち着いているけど、強い気持ちと強い愛が音楽を通じて人生を支えようとしている。そんなことを喚起させるフェスだった。
「最後に。見渡す限りの緑が永遠にあることを願ってこの曲を……」という櫻井からのメッセージと、その曲のソングライターである小林からのテンションがバンドに引き継がれた官能的なアレンジメントによる“evergreen”によって、ap bank fes'06のBank Bandの幕は閉じた――
 
    1.休みの日(JUN SKY WALKER(S))
    2.evergreen(MY LITTLE LOVER)

楽屋エリアは、フェスのオピニオン・バンドが有終の美を放ったことで、祝福の空気が満ち溢れていた。2回目のフェスが天候に左右されることなく素晴らしい熟成と進化を遂げたこと。桑田佳祐が小林武史との音楽的な再会を果たし、櫻井和寿との歴史的な競演を刻んだこと。そして3日間全部の素晴らしい演奏と選曲、そしてゲストの表現力豊かかつ献身的なパフォーマンスによって、フェスのムードがパーフェクトに近い状態でつま恋と参加者の心に植えつけられたであろうこと。−−いろいろな要素が重なり合いながら、バックステージには祝福が飛び交っていた。
そんな中、まだ出港していない一隻の船があった。そう、Mr.Childrenである。
JENが椅子に座り、その祝福の輪を静かに見つめながら両手を小刻みに震わせてストレッチを行い続けている。桜井はあたたかい飲み物をちょっとずつ口に含みながら、フェスのホストとしての感謝の挨拶を繰り返し、しかもライヴへの集中力も高めている。だからといって、決して孤独なんかじゃない。いたって自然とライヴへ向けてのカウントダウンを重ねている。

LIVE REPORT
ステージ袖へ移ってもそれは同じ。イヤーモニターの調整をしながらある曲の始まりの打ち合わせをしている。“名もなき詩”だ。初日も披露した曲なのに、何故にここでイントロから歌い出しまでの確認を細かくしているのか? その時はわからなかった。しかし、なにやら楽しそうにJENと桜井がキメを確認し、それを一人で隅に向かって集中していた田原に伝え、そしてキーボードの浦さんと椅子に座って談笑していた中川が静かに頷いている。3日間、ずっとMr.Childrenはこんな感じだった。ゆるいわけではない。気負わずにライヴに向かっているのだ。「リラックスという名の緊張感」という言葉があるならば、それはこんな感じなのだろう。
JENが雨に濡れた靴の裏を、念入りにタオルで拭いている。桜井がステージのどの辺りが滑るかをJENに教えている。そしてJENがメンバー全員に拍手を促し、みんなが拍手をしたままステージに向かっていった。
ap bank fes “06、Mr.Children最後のライヴが始まった。

まずはセットリストを−−。

    1.HERO
    2.PADDLE
    3.ほころび
    4.彩り
    5.掌
    6.ストレンジカメレオン(the pillows)
    7.終わりなき旅
    8.箒星
    9.Sign
    10.名もなき詩
    EN to U

去年はBank Bandで最終日だけ特別に――まさに特別な桜井を目撃した瞬間だった――プレイした“HERO”からライヴは始まった。去年の桜井はこの曲に涙という花を捧げたが、今年は笑顔を満開にしてつま恋に届けた。バンド活動一時休止から復活、そしてap bankの設立とフェスの開催。これまでのクロニクルに流した涙で育った芽が、確実に成長していることを告げた今年の常温での“HERO”だった。
PADDLE”で小気味いいジャンプをステージに送った参加者に、Mr.Childrenからのプレゼントが贈られた。
「お耳に新しい曲をやろうと思います。今日は雨ですが、つま恋の青い空をイメージして作りました」
“箒星”のカップリングである“ほころび”だった。

    広い芝生に横になって
    青い空を見ていた
    気持ちがよくて ウトウトして
    まぶた閉じた
    君の匂いが好きだった
    甘い匂いがした
    夢から覚めると独りぼっち
    君はもういない
    寝転がっている君はいない

まるでフェスそのものを歌っているような歌だ。夢のような自由を授けてくれるフェスは、一年に数日間しか行われない。だからこそ、その大切さを知ることができるのだ。

さらなるプレゼントがあった。
このフェスがなかったら生まれなかったMr.Childrenの曲が、まだ誰もが耳にしていない状態で鳴らされたのだ。
「今から、みなさんがまだ聴いたことのない、できたばかりの曲を聴いてもらおうと思います。Mr.Childrenは今年に入ってからずっとレコーディングをしていまして――いや、まだいつ発表するかとか何も決めていない曲ばかりで、じっくりとやろうと思っているんですけど(笑)。何曲かレコーディングしていくうちに方向性をどうしよう?という話になって、みんなで焼肉を食べに行ったんです。そこで世界の平和とか、メッセージとかを投げかけたほうがいいという話になって……でも僕はずっと『なにか違う、なにかが違うんじゃないか?』って思っていたんです。で、一晩寝て、朝になって……そしたらいいメロディーが降りてきて、すごく嬉しかったんです。そして30分後に、今度は歌詞が生まれてきて。このテーマはすごーく大きなことじゃなくて小さなことなんですけど、でもそんなささやかな毎日の積み重ねを大事にしていこうと思ったんです。会社や家庭でもささやかな工夫を加えるだけで、ものすごく楽しくなることってあるじゃないですか。そんなちっちゃな工夫が回り回って世界中の誰かにいいことが起こればいいなって願って歌います」
タイトルは“彩り”。

    なんてことのない作業が 回り回り回り回って
    今 僕の目の前の人の笑い顔を作ってゆく
    そんな確かな生き甲斐が 日常に彩りを加える
    モノクロの僕の毎日に 頬が染まる 暖かなピンク
    増やしていく きれいな彩り

なんてことを歌うのだろう。何一つニュースにならないことが歌われているのに、すべての心が胸騒ぐ、なんでそんなことを、こんな肌になじむシャツのようなメロディーで歌ってしまうのだろう? 巨大なヴィジョンには、この3日間に撮られた参加者のポートレートが次々に映し出されていく。ちょっとだけいつもとは違う「夢の中にいることにすら気づかない、夢心地」な表情。そうだ、Mr.Childrenは夢を歌ったり演出したりするわけじゃない。彼らの音楽はファンタジーじゃない。でも僕らの日常や些細な思考が夢のような音楽になることを、名曲によって「歌って」くれる。そして洗濯機を前にした時や、あるいは朝のバスを待つ間にそのことをふとフラッシュバックさせ、日常に彩りを加えるべく「歌わせて」くれる。あー、まどろっこしい言い方は自分が恥ずかしくなる。――大切なことがなにかを教えてくれる新しい名曲を、僕らはつま恋で恋するように耳にした。 “彩り”がつま恋に生まれた。Mr.Childrenがいなければap bank fesはなかっただろうが、ap bank fesがなければ“彩り”もなかった――ap bank fesの胎動を通って生まれた名曲を、僕らは耳にした。
なんてことを歌うのだろう。

参加者がステージに向かって掌をかざしながら、「ひとつにならなくていいよ」というフレーズに安らぎと厳しさの輪廻を想起させる“掌”。そしてthe pillowsのトリビュート・アルバムに参加した際にカバーした曲を、さらに血肉化するべくアレンジした“ストレンジカメレオン”。そして昭和復興の時代のモノクロームの映像が映し出される“終わりなき旅”。
去年のap bank fesの時のセットリストは、“ニシへヒガシへ”に代表される、メッセージ性の強い曲がきれいに配色されたドラマチックなものだった。極端な言い方をすれば、「血が滲む傷口のドキュメント」だった。今年のMr.Childrenはメッセージよりも「空気」を鳴らした。「どんなことをすべきだ、世界はこうだ」ではなく、「ここで音楽を耳にする気持ちよさ、この時間と空気が続けばいいと思わせる愛おしさ」を鳴らした。ジョン・レノンやビートルズを持ち出すまでもなく、いつの時代も本当に心に残る曲は、無理な筋肉を使わずにメロディーや歌詞がなめらかなラインを描くものだった。過激さよりも、正直さを追い求めた結果、たどり着いたラジカルな表現だった。
今年のMr.Childrenのメッセージなきメッセージは、きっと残ることだろう。

“箒星”から“Sign”へ、緩急織り交ぜたヒット曲が並ぶ。この辺りで、今回のセットがすんなり耳に入ってくるのは桜井を支えている3人の「歌に対する献身的な姿勢による演奏」であることに気づく。Mr.Childrenは、桜井が作っては歌う曲の世界が生命線なバンドである。そんなことは誰もがわかっているが、誰よりも田原と中川とJENが一番わかっている。そんな事実とどう向き合っていくのかが3人にとって、およびバンドにとっての永遠の命題ではあるのだが、今年のap bank fesでのライヴを観ていると、3人の演奏は桜井や曲との距離感がない。要は、誰が作ったかじゃない、バンドとしてその曲に魂を吹き込むことが重要なのだという音色が鳴っているのである。言うまでもなく、最高な形で僕らの耳に名曲が届くライヴだった。

「昨日はここで終わっていたんだけど、Mr.Childrenのわがままを聞いて。もう一曲やらせて……一緒にやろう!」
ここで先ほどステージ袖でイントロ合わせをしていた“名もなき詩”が登場した。会場全体が大きな弧を描きながら、大合唱の中でライヴが終わった。

3日間通してMr.Childrenのアンコール・ナンバーでもあり、ap bank fesとしてのアンコール・ナンバーでもあり、小林と櫻井によるオピニオン・ソングでもある“to U”が鳴らされた。メンバーはMr.Childrenと小林武史、そしてサックスの山本拓夫。さらに今井美樹、BONNIE PINK、一青窈、Salyu、KREVA、GAKU-MCによる競演。イントロの部分ではKREVAとGAKU-MCの素晴らしくエクスペリメンタルなフリーライムが唱えられ、すべての歌声と音色が「to YOU」という意識を会場に送り込んだ。
フェスは終わった。でも意識はここから始まる。そんな“to U”だった。

打ち上げはいつものように楽しく、優しく、そしてばかばかしいほど無垢な冗談が飛び交いながら盛り上がった。何人かのミュージシャンは椅子があるのに地べたに座り込み、泣くように悩み、笑うようにヴィジョンを語っていた。

亀田誠治「今年、実は最終リハーサルまでとても緊張していたんですよ。たぶん、去年のあの素晴らしかった世界よりさらにいい世界を目指していたからだと思うんですけど、すごい緊張しっぱなしで困っていたんですね。そこで、最終リハーサルの日の昼食時に、みんなに正直に話したんです。そうしたら櫻井君が『大丈夫ですよ。今年は今年ですし、いろいろやってきたんですから』というようなことを言ってくれたんですね。あれでね、すごい楽になった(笑)。そして今年も楽しむことができました。……ここにいると僕は音楽が好きなんだなあってわかるんですよ。それが何よりも大切で、今年もよかったぁ」

小林武史「よかったでしょ? レベルアップしたと思うし、より自然にエコと音楽がレゾナンスしてたと思うし……。そんな簡単なことじゃなかったし、Bank Bandのみんなには必要以上に(笑)がんばってもらった。でも、いい空気が生まれたじゃない? 参加してくれた人とフェスとap bankが溶け合ったと感じたんだよね。よかったです」

櫻井和寿「音楽って曖昧なもので、だからこそいいものだと思っているんです。僕は、このap bank fesにいるみなさんの『音楽の一部』になれることが、嬉しいってわかりました。それは環境に対しても同じで、何かの一部になっているということが嬉しく思えるんです。だから……ありがとうございました(笑)」

ap bank fesは「大切にする」出会いの場所だと思う。音楽を大切にしている人々が、たった一回のライヴのために血が滲む練習をし、たった一つのステージから無限の可能性を放つ。多くのインフラが整っているわけではないが、いたるところで野菜だの衣服だのメッセージだのが大切そうに扱われて、それが僕達に差し出されている。ここにいると、自分の生活を1mmだけでも変えてみたら……という気持ちを「明日」へ持ち込むことができる。大切なことが、今年もここにはたくさん落っこちていた。あなたはどれだけのものを拾ったのだろうか?
素晴らしい音楽は妖精だ。僕らに「いいもの」を振りまいてくれるし、簡単には答えが見つからない「素敵なヒント」をたくさんくれる。妖精はこの世界から目を逸らさない。だから汚い現実をたくさん見ている。そしてくじけながらもちょっとすつ強くなっていく。だからこそ自分達で「いいもの」を思い描き、それを世界に振りまく。
ap bank fes ‘06が終わった。明日からはまたなんてことない普通の日々が戻ってくる。僕達の3日間のつま恋には、妖精がいた。妖精に「いいもの」を振りまかれた僕達は、これから「いいもの」を振りまけるのだろうか?

去年に引き続き、WEBとしては考えられないロング・レポートになりました。読んでくださったみなさん、会場へ行けなかったからこのWEBでフェスに参加してくれたみなさん、どうもありがとうございました。この夏も、音楽と共に、お元気で。

鹿野 淳(www.fact-mag.com

←[7/16]のレポートはコチラ

ページTOPへ
HOMEGeneral infoArtistTicketAccessFoods&GoodsEco reportNoticeQ&Aプライバシーポリシー
ap bank

Supported by i-revo