文:川口美保
  ap bank fes’06を前にして、eco-resoミーティングが行われたのは、まだ肌寒い春先だった。そこには、環境に取り組む様々なNPO、NGO、メディアの方々が集まった。櫻井和寿、小林武史の顔もある。昨年をふまえて、今年、ap bank fesをどうするか、その最初のミーティングだった。
  昨年のap bank fes’05は、大成功だった。 日本の名だたる音楽家たちがbank bandとして参加し、そこに日本の個性あるシンガーたちを迎え、歌を繋いでいくというライブのあり方は、あたたかさに溢れ、音楽によって繋がれた人と人、想いと想いが、わかりやすく、自然に伝わっていったし、その会場全体で「エコの意識」をどう伝えていくかという志の高さも、エコであることを押し出すという形ではなく、あくまでその人それぞれがちゃんと実感してもらえるような形として伝わっていった、本当に気持ちのよいフェスだったと思う。
  あれから一年。あのときの感動を、もう一度、同じつま恋という場所で、同じ3日間という期間で行う。それだけが、ap bank fes’06で決まっていることだった。
  同じ場所で同じ3日間。だから、それは、規模を拡大する、ということではなかった。それぞれが、昨年感じたものを、沸き上がった思いをもう一度確認しながら、より「深く」、より「ポップに」、そして、次の一歩を踏み出せるようなフェスを作ることだった。
  ap bank fes’05があったからこそ、同じ場所だからこそ、ap bank fes’06は、また新しい感動を呼び起こすことができるだろう。その想いをスタッフはみな胸に、何度もミーティングは繰り返された。
  それは、当日、このような形で実現された。

  昨年のフェスのことを思い出すと、「そういえば、ずっと飲んで、食べていたなあ」という思い出がある。とにかく3日間とも暑かったから、水分補給は欠かせなかったし、朝から晩まで自然の中を動き回るから、おなかが空く。そして、なにより、食事が美味しかった。こだわりのある食材で、丁寧に作られた食事は、ひとつひとつの食材の味が活かされていて、身体に優しい味がした。だから、3日間、次は何を食べようか考えるのも、フェスでの大きな楽しみのひとつとなった。
  しかし、フードエリアが人気であったゆえに、毎日2万人の観客の食欲にはかなわず、どこもお昼過ぎには完売御礼となってしまってもいた。だから今年はもっと多くの店舗が募集されていた。会場内にエリアをもうひとつ作り、kotiとpihaというふたつのエリア内のどちらでも飲食を楽しめるような工夫がなされ、参加した店舗は昨年よりかなり増え、全38件が出店していた。観客数は昨年よりも一日5千人ずつ増えたが、しかしそれでも充分対応できる店舗数だった。
food area report
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  昨年から引き続き参加した店舗も多かった。昨年のフェスは、参加出店者の方々に大きな勇気を与えたと聞く。値段も安くコンビニエンスな食物が溢れる中で、少し値段も高いオーガニックな食べ物を作り、提供し続けるというのは、実は大変なことでもある。今でさえ、オーガニックはいいとひとつのブームのようになってもいるが、生産者もオーガニックフードを提供している店舗の方々も、健康や環境に対して信念を持って続けているとはいえ、一般的にはなかなか浸透していかないというのが現状でもある。しかし、ap bank fesは、同じような想いを持ってやっている全国の多くの店舗が出店し、一つの場所で出会うことができる場所でもあった。昨年出店した人たちにとっては、それは大きな励ましとなり、若い観客が「美味しい」と笑って食べてくれた喜びの実感は、彼らの新しい頑張りに繋がったという。
  しかも、「美味しい」ということだけでなく、その食材には、様々なストーリーが入っている。それもちゃんと伝えていこうというのも、出店者が今年のフェスで抱いた想いだった。
  例えば大地を守る会が提供した「短角牛」は、伝えたいメッセージを持つ食材として選ばれたものだった。普通、家畜を育てるのには多くの穀物が必要になる。そのために小麦や大豆をわざわざ海外から輸入したりするのだが、しかし短角牛は、自分たちの周りにあるものだけを食べて育つのだという。そういう食材を選んで、そのことをも伝えていく。また、昨年に続いて好評だったkurkkuのカレーは、ネパールからのフェアトレードのスパイスで、豚の挽肉はap bankの融資先でもある鹿児島の野山を健康に走り回った豚だった。ちゃんとそれを言葉で説明してくれるスタッフもいる。野菜や果物も同じように、無農薬の畑で作って行くことで日本の農業が変わっていくと話してくれる。美味しく身体に健康というだけではなく、これが、世界や未来と繋がった食であることを伝えているのだ。
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  当然、大勢の人が食べたり飲んだりすれば、大量のごみが出る。今年は観客数も増えたので、なおさらだった。今年も昨年に引き続き、A SEED JAPANのごみゼロナビゲーションのスタッフが、分別のナビゲーションを丁寧に行っていた。最初は戸惑った分別も、昨年を経て、参加者は「当たり前」に受け止めていた。ペットボトルを「ふた」と「ボトル」と「ラベル」に分けて捨てたというその作業は、ちゃんとまだ実感として身体に残っているようだ。そしてそれら分けたものが、違う形でリサイクルされ、また活用されることも彼らはもう知っている。昨年、会場にごみひとつ落ちなかったフェスとなったap bank fesは、スタッフだけでなく、昨年来場した参加者たちの自信でもあった。その意志は、今年も受け継がれているのだろう。
  こんなことがあった。会場内には喫煙コーナーが設置されていた。そこで男子学生4人くらいの仲間がいた。彼らの一人が、食べた後の竹串を喫煙灰皿に捨てようとした。それを見た仲間はエコステーションを指差して言った。「ちゃんとあっちに捨ててこいよ。」
  こんなこともあった。父親につれられた子供がペットボトルをなかなか分別できない。だけど親はじっと待っていた。ずいぶん時間がかかった。子供は、ちゃんと分別し、スタッフに教えられ、ごみを捨てた。父親は子供を抱いて「ありがとう」と笑った。   誰もが自分の足で、エコステーションまで行き、自分の手で、分別する。それがどうリサイクルされるかはちゃんと図式化してあるから、そのごみの先の姿を容易にイメージできる。その先は、それを資源に変えることのできる技術者や業者の方々の仕事だから、だからこそ、なるべく綺麗に「資源」として手渡そうという心が芽生える。逆に言えば、私たちができるのはそこまでなのだ。こうして私たちは多くのものを人から人へ「手渡していく」。そのことを改めて、分別しながら私たちは知っていく。
food area report
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  参加者に話しかけると、その会社員の男性は、昨年のフェスを経験し、自分の生活の中でもごみの分別をすることを心がけるようになったと答えた。   「たまに面倒臭いなと思ってしまうことがあるんですが、そうすると思い出すんです。このフェスの風景を。」
  彼が思い出すのは、このフェスが彼に手渡した心のようなものだっただろう。だから、彼は「それで、やっぱりちゃんと分別しようと思う」のだと笑う。   Kotiの入り口では、分別されたペットボトルがスウェーデンのORWAK社の圧縮機で圧縮され、約9分の1になっている。その作業の姿もちゃんと参加者に見えるようになっている。小さくなったペットボトルは、日に日に数を増やしながら通路に積まれていく。それを見れば、またちゃんと分別して捨てようという気持ちも湧いてくる。
  ごみをごみとして隠さない。捨てたら消えてなくなるわけではないのだから、その先に何が続いているのか、誰が続けているのか、その姿を見るというのは、とても大切なことだ。

  自然エネルギーのブースにも人だかりができていた。それこそ、この目に見えないものをどう伝えていくかは、ごみのことを伝えるよりも難しい。実際に「物」があるわけではないし、風車や太陽パネルがそこにあるわけでもない。昨年は、このライブを楽しむために使われる電気が自然エネルギーでまかなわれているということを、普段、電気について意識したこともなかった人たちに知ってもらえるひとつの大きなきっかけではあった。しかし、参加者は、昨年を経て、もっと「知りたい」という気持ちを強く持ってきている。ライブを楽しもうと思っていることと同じように、その他のこと、つまり、エコに関わる多くのことを知ろうとここに来ている。その出発点が、昨年とは違う。
  「これからどんどん自然エネルギーにしていった方がいいと思うんです。だから今、日本では何ができるのか、ちゃんと知っておきたいんです」
food area report
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  そう話したくれた学生は、自然エネルギーを使うことで地球はどういう未来になるのか、そういうことを見ようとする気持ちがこの一年で生まれてきたと言う。だから積極的に質問もする。
  「でも、難しいですね」と苦笑。
  しかしそれは一歩彼女が前に進もうとした証でもあった。
  「もうちょっと勉強してきます!」
  ブースに置いてあった自然エネルギーについて書かれた冊子を彼女は手にした。
  ap bankが融資している団体や個人が集まったブースにも、多くの人が集まっていた。自然エネルギー、地域の教育やコミュニケーション、自然との関わり、食との関わりなど、多くのテーマを持った融資先の取り組みは、知ろうと思えば、本当に多くのことを教えてくれる場所だった。融資先は北は青森から南は鹿児島まで全部で34件。青森で市民風車を建てた融資先スタッフは、一生懸命、自然エネルギーの大切さを若者に伝える。
  鹿児島の融資先のブースには、「私も鹿児島から今日、来たんです」という女の人がやってきた。「どこで活動しているんですか?」。
  その言葉がまた、彼女の一歩になっていくのだろうと思えた。知ろうという心と、知ってほしいという心。それは、昨年を増して、あちこちに溢れていたように思う。

  ある二人組の女性は、今年は3日間参加するということで、1日、1日の割り振りを決めていた。ap bank fesの様々に溢れるメッセージや取り組みを、なるべくきちんと受け取りたいという想いからだった。
  「去年も来たんです。だけど去年は1日だけだったから、全部見れなくて。今年は、出店の数も多いし、もっともっと楽しもうと思っているんです」
  1日目はグッズや出店の雑貨や融資先のブースを見て回った。2日目、3日目は朝からdialogueでのトークを聞こうと開場と同時に入った。終わったら、それぞれ、ワークショップを楽しむつもりだと話す。   ap bank dialogueは、今年も大きなテントの中で行われた。開演から30分後、10時半からのスタートという早い時間だったが、テントには多くの人が集まっていた。
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  10時半、司会のGAKU-MCがトークショーステージに現れ、代表の小林武史を呼び込む。あたたかい拍手と歓声が沸く。小林は集まった参加者に歓迎の挨拶を込めて、フェスへの想いを語った。彼らもまた、ライブのステージだけでなく、このフェスのすべてを大切に思い、楽しもうとしている。小林が言う「ホスピタリティ」、心からのもてなしは、彼の投げかける言葉ひとつひとつのあたたかさに現れている。
  トークショーは、16日は鬼丸昌也(テラ・ルネッサンス代表)、小野寺愛(PEACEBOAT)、一青窈、retired weapons(非営利アートプロジェクト)を、17日は大橋マキ(アロマセラピスト/ライター)、篠健司(パタゴニア)、平野義孝(トヨタ自動車株式会社)、森本言也(日本自然保護協会)らが迎えられ、様々な立場から、その取り組みの実感や想いを交わし、伝えていた。
  世界のどこかで行われている戦争のこと、地球の反対側で生きている人たちのこと、失われていく自然、身近にある自然、様々なことが語られた。それぞれの人たちは、自分たちが関わる場所で、よりよい未来をイメージし、自らの「仕事」として取り組んでいる。
  自分には何ができるのか。それを考え、受け入れ、行動をしている人たちだ。
  そしてこのフェスのすごいところは、そういう人たちの力が集結しているところだ。ここでは「音楽家」も「食を作る人」も「ペットボトルを圧縮する人」も誰もかれも同じなのだ。誰もが自分たちができることを、よりよい未来をイメージして取り組んでいる姿を見せていく。しかも心から「楽しそうに」。
  トークショーを見に来ていた男性二人組は、広告代理店につとめていた。
  「去年も見に来たんです。いろいろなことを感じました。あれから、実際に自分の仕事の中でも、なるべくエココンシャスな商品を提案するようになりました」
  別の女性はこう話す。
  「普段は看護婦をしています。このフェスに来て、命の大切さを改めて感じました。それは必ず、仕事にも活かされると思います」

  ap bank fes’05を経たからこそ、新しく生まれた試みもあった。融資先やNPOなどが主体となり行われたワークショップの数々がそれだった。
  例えばつま恋という場所を活かし、その自然に触れる自然観察会を行おうというのもその企画のひとつだった。
  30分ほどの時間の中で、会場内を歩きながら、その芝生の中に小さなバッタを見つけたり、草の匂いを嗅いだり、植物の茎を触ってみたりする。ちょっと注意深く見るだけで、そこに生きた自然を感じることができるというのは、面白い経験だった。自然観察指導員はこう話していた。
  「東京でもどこでも自然はあるんです。それをちょっと気にしてみるかどうかなんですよ」
  初めて吹いた草笛の音色を、その草を口につけた感触を、「懐かしいです」と笑ったのは、北海道から来たカップルだった。
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  「子供の頃はよくこうして遊んでいました。だけど、もう忘れていました。もし、自分たちに子供ができたら、教えたいと思う」
  そして、会場内を参加者の手から手へ渡って行ったのは、「エコレゾの余韻(エコレゾノオト)」というノートだった。これは、昨年のフェスに参加したラーンネットグローバルスクールのスタッフが、感じたことを書き留めていって、人から人へ伝わるコミュニケーションができないかと企画したもので、フェスの間中、色鉛筆とともに参加者の間を回っていた。
  昨年、参加者はたくさんのものをこのフェスから受け取った。それを参加者は帰ってからブログに書いたり、参加できなかった友達に伝えただろう。しかし、今年、その想いは、今、この場所で、同じ想いを持った人たちに向けて、書き留められていく。
  ノートはまた次の人へ渡り、そこに不思議なコミュニケーションができていた。前に書かれた言葉を読んだ人は、またそこに繋がるように想いを綴っていくのだ。ノートは全部で50冊。3日間が終わった後には、そこに、たくさんの想いが繋がっていた。
  その一言一言には、未来への希望があった。誰しもの言葉が、誰かや、地球や、未来を、幸せにする力を放っていた。人間は、こうして誰かや地球や未来を輝かせる力をちゃんと持っているのだ。そのことを、多分、もうみんな気づいているのだろうと思った。そのくらい、確かな言葉が並んでいたのだ。   ap bank fes’06のステージでMr.Childrenが歌った「彩り」という歌があった。櫻井和寿が、ap bank fesで歌いたいと言って、まだ未発表曲のその歌詞をパンフレットにまで載せたいと提案した歌がそれだった。
  その歌はこう歌われていた。
 
なんてことのない作業が 回り回り回り回って/今 僕の目の前の人の笑い顔を作ってゆく/そんな確かな生き甲斐が 日常に彩りを加える/モノクロの僕の毎日に 頬が染まる 暖かなピンク/増やしていくきれいな彩り
 
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  会社でも家庭でも学校でもいい。自分の今いる場所で、ささやかだけど、大切なものをしっかりと見つめ、毎日の工夫や努力を重ねていく。それは、必ず、いつか、どこかに繋がって、誰かを笑顔にする。それこそが、また、必ず、自分を笑顔にもする。
  ap bank fesは、だから一回きりではなく、今年も同じように、より進化(深化)した形で行われたのだと思った。一回目に感じた、その、ささやかだけど、確実にこれからの未来や地球や自分たちの力になっていくようなことを、もう一度、改めて身体と心に忘れないように残すために。そして、そのことを、続けていけるように。
  ap bank fes’06は終わった。しかし、その大切な思いや感動を忘れなければ、フェスでなくても、どこにいても、私たちはあの笑顔に繋がっていけるだろう。誰しもが誰かを笑顔にする力を宿していることを、もう知っているのだから。だから、その回っていく笑顔をイメージし、毎日をどう生きるか、しかない。

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